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広島に生まれた人間にとって八月六日は、格別な日です。
私も実父、祖父、祖母を原爆で亡くしました。この日は、広島に住んでいる多くの人が、「今生きている人間として広島に対して何かしなくては申し訳ない」と年令を越えてきたと思います。
被爆した多くの市民が、宗箇が作庭した国の名勝「縮景園」に逃れ亡くなられた。
毎年八月一日には、縮景園原爆犠牲者供養の式が、地域の人達だけでなく広島県知事を始め県行政の方々が出席され夕刻縮景園で厳粛に行われます。宗篁が献茶し、清風館で学校茶道部の部員が心を込めて抹茶を振る舞ってくれました。
八月六日当日の平和式典には阿部首相を始め、過去最高の四十二か国の大使、参事官等四万人が参列されました。亡くなった人の鎮魂だけでなく北朝鮮の核やテロが多発する中、平和式典を今日のこととして把える新しい空気を会場から感じました。
本年より広島市の主催により初めて広島国際会議場で青少年を中心とした平和・文化イベントが開催され、平和と共に、広島の歴史や文化を是非青少年に引き継いでもらいたいと和風堂に協力依頼がありました。開催までに限られた日程でしたが、何度か和風堂と青年部、学校茶道部が茶会のテーマとそれを踏まえた道具や設営の打合せを行っておりました。
私も初めてのことですので出席致しましたが、各国の要人を含め二時間で四、五百人、広い会場で一つの茶席として収まるだろうかと思っておりました。ところが茶席は静寂に包まれ、もてなす側ももてなされる各国の客も会話を控え、一服の茶を喫すると茶席の脇に備えられた折紙を折って静かに退出されます。二時間その清々しい静寂さは変わることがありませんでした。
茶会は、主人と客が互いに相手を心より思い、一つの世界を共有することが根本です。この広い茶席に正にその一座建立を感じ人間のもつ気高さに感動を覚えました。そして青年部や学校茶道部の真摯な姿勢にも深く感銘を受け、流儀の将来に力強い希望を感じました。
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