武門ノ茶・上田宗箇流


 上田宗箇流は400年の歴史を持つ武家の茶道です。

  初め、丹羽長秀の侍児となり、後に豊臣秀吉の側近大名として抜擢され、茶の湯は千利休、古田織部に学んだ戦国の武将茶人上田宗箇を流祖とし、現在は上田宗冏宗匠が十六代目家元を継承しています。

 上田宗箇は桃山時代を代表する作庭家としても名があり、国の名勝「縮景園」(広島県)、徳島城表御殿庭園(千秋閣庭園)、名古屋城庭園(二ノ丸庭園)、和歌山城西の丸庭園、粉河寺庭園(和歌山県)などを作庭し、広くその名を知られています。

 豊臣家が滅亡した大坂夏の陣後、元和五年(1619)芸州藩主となる浅野長晟と共に広島に入り、広島県西部一万七千石を知行します。

 上田家は代々一万七千石を知し芸州藩家老職をつとめるとともに、宗箇の茶の湯を今日に伝えています。

 桃山時代に確立した「侘び茶」を桃山以来、武家の茶として現代まで途絶えることなく伝えており、武家茶の代表的な流儀と言われています。

 四百年にわたって、戦国・桃山期の武門ノ茶を脈々と伝えている茶道、上田宗箇流の世界をどうぞご覧下さい。


真塗台子 宗箇好み宗箇大坂夏の陣所用一番具足