赤楽茶碗 銘さても

上田宗箇(1563-1650)作
桃山-江戸時代 17世紀
口径12.4 高さ8.7


 半筒形で、輪高台を削り出し、胴の縦の面取篦や口縁の切り廻し箆の使い方は、明らかに瀬戸黒系の造形精神に繋がり、本阿弥光悦の茶碗を喚起させる。この茶碗の内面には、指先による丹念な横の節目があって、外面の鋭さとは対照的な趣を示し、酸化銅が還元され臙脂色の赤味が深く滲み込むような釉色にも見所がある。しかし、一言でいえば、宗箇その人が茶碗に乗り移ったかと感嘆させられる人間性の凝縮が見られる点が傑出している。数奇者の茶碗ならではの魅力を盛った最右翼の力作の一つである。この茶碗を二代重政に授けた折、「さても目出度し」と仰せられたことから「さても」の銘がついたと伝える。


竹花入一重切 宗箇作

上田宗箇(1563-1650)作
桃山時代 17世紀初頭
口径14.3 高さ29.0

 宗箇自作の花生は今日一重切6本、二重切3本が伝わっている。織部は竹花生を作ったと伝えられていないが宗箇は竹花生に積極的に取り組んでいる。宗箇花生の特徴は峻烈と評して良い程力強い鉈目である。この一重切には正面上節と下節の右側に大きな鉈目があり一気に切り落とした様なきわめて豪快な作ぶりである。更に左側の下部と右側の下部には鉈目がわずかに入れてありそれによってこの竹花生は力強さだけでなくより躍動感を感じさせる。

竹茶杓 銘敵がくれ

上田宗箇(1563-1650)作
元和元(1615)年
長さ19.0、18.3

 元和元年大坂夏の陣の緒戦、泉州樫井の戦で味方全軍が後退し、敵が迫ってくる中で軍を引かず、竹藪に名竹を見つけ小刀をもって茶杓二本を作った。銘は「敵がくれ」といい、宗箇が戦場にあって沈着不動の精神を持っている逸話として古来から知られた茶杓である。 二本とも平時の宗箇の茶杓と異なり、櫂先もゆるやかで平たい作りとなっているが二重折撓めである。上田家十二代上田安敦(譲翁)が由来を巻物にしている。